見積もりを依頼した2社の提案書を見比べると、1社は「ロープアクセス工法」、もう1社は「ブランコ工法」と書いてある。同じ外壁の補修なのに、呼び方が違う。この違いは安全面にも、金額にも関係するのか、担当者として気になっていませんか。
調べ始めると、「ブランコは危険」「ロープアクセスは国際規格で安全」といった説明が目につきます。ところが、業者のサイトを読み比べると、定義そのものが業者によって揺れています。ある会社は両者を明確に区別し、別の会社は「明確な基準はなく、同じ技術を指して使われることもある」と書いています。
結論から言うと、発注者が見るべきなのは名称ではありません。法令が定める最低限のルールは、呼び方にかかわらず同じ「ロープ高所作業」に適用されます。そのうえで、業者がどのような資格・機材・手順で運用しているかが、安全性を分けます。
この記事では、厚生労働省の通達など一次情報をもとに、2つの呼び方の違いと共通点を整理します。そのうえで、見積もりの前に確認したい項目と、単価に差が出る理由を解説します。
「ブランコ工法」と「ロープアクセス」は、何が違うと言われているのか
まず、業者が一般に説明している違いを整理します。ここで挙げるのは、複数の施工会社が自社サイトで公開している説明であり、法令上の定義ではありません。
ブランコ工法
建物の屋上からロープを垂らし、ブランコ板に座って作業する方法です。ビルの窓ガラス清掃で古くから行われてきたため、業界用語として長く使われています。ブランコ板に座るため体とロープが固定されておらず、下に降りることはできても、上へ登る、別のロープへ移るといった動きは難しいと説明されています。
ロープアクセス
洞窟探検や登山の技術を産業用に応用し、ヨーロッパで発達した技術です。フルハーネスとロープを直接つなぐため、体が安定して力を入れやすいとされています。降下だけでなく上昇や横移動ができ、作業者が動けなくなった際にロープで救助する技術(ロープレスキュー)も体系化されています。国際的な規格としては、ISO22846に準拠した産業用ロープアクセスの資格制度(IRATAなど)が整っています。この資格制度の詳細は「IRATA・JIRAAとは?ロープアクセス業者の資格を発注者向けに解説」で整理しています。
業者の見解は一致していない
両者の違いは、主に「使う器具」と「教育・資格」に置かれることが多いです。ある施工会社は、従来のブランコ工法では山岳用のレジャー器具や専用でない道具が流用されることがあり、安全性に問題があったと説明しています。一方で別の会社は、ブランコ工法とロープアクセスの違いに明確な基準は設けられておらず、同じ技術を指して用いられる場合もあるため、呼び名よりも、どの資格やどの規格に準じた作業をしているかを見るべきだと述べています。
また、ブランコ工法でもロープアクセスと同等の安全対策を取っている会社はあると、複数の業者が書いています。つまり、「ブランコだから危険」「ロープアクセスだから安全」と、名称だけで判断することはできません。
法令上は、どちらも同じ「ロープ高所作業」
ここで、見落としがちな重要な事実があります。労働安全衛生法令には「ブランコ工法」も「ロープアクセス」も、独立した用語としては登場しません。適用されるのは、どちらの呼び方であっても「ロープ高所作業」というひとつの括りです。
2015年8月5日の厚生労働省労働基準局長通達(基発0805第1号)により、労働安全衛生規則にロープ高所作業の危険防止規定(第539条の2〜9)が新設されました。ビルの外装清掃やのり面保護工事で死亡災害が相次いだことを受けた改正で、2016年1月1日に施行され、特別教育の義務化は2016年7月1日からです。
この規定が定める主な義務は、呼び方に関係なく、ロープ高所作業を行うすべての事業者に及びます。
- 身体を保持するメインロープとは別に、ライフラインを設けること
- メインロープとライフラインを、それぞれ異なる支持物に確実に緊結すること
- ロープの強度が基準(19.0kN以上)を満たしていること
- 作業計画を定め、作業指揮者を選任すること
- 作業開始前に点検を行うこと
- 作業者にロープ高所作業特別教育を受講させること
なお、ビルクリーニングとのり面保護工事以外の一部の作業には、通達で定める条件を満たす場合に限り、ライフラインの設置義務を当分の間適用しない経過措置があります。個別の作業が対象かどうかは、業者に確認してください。
以前のブランコ作業では、1本のロープに頼る方法も見られました。2016年以降は、2本のロープを別々の支持物に取る方法が法令上の最低条件です。この義務の技術的な中身は「メインロープとライフライン、なぜ2本必要?」で詳しく解説しています。
特別教育についても同様です。受講の義務はロープ高所作業そのものに課されるもので、「ブランコ作業の作業者は受講不要」という扱いにはなりません。制度の違いは「ロープ高所作業特別教育とフルハーネス特別教育の違い」で整理しています。
- 業者がロープ高所作業特別教育の修了者を作業に就かせているか
- メインロープとライフラインを別々の支持物に取る運用か
- 作業計画書を提示でき、当日の作業指揮者が決まっているか
- 機材の規格・点検記録と、緊急時(ロープレスキュー)の体制を説明できるか
- 請負業者賠償責任保険と労災保険の加入状況を確認できるか
2016年に規制が強化された背景
ルールが強化された経緯を知っておくと、確認項目の意味が分かりやすくなります。
改正の直接の契機は、厚生労働省が設置した「ブランコ作業における安全対策検討会」(2013年10月〜2014年3月に開催、2015年4月に報告書を公表)です。検討会の資料では、平成19年から24年の6年間に、ブランコ作業による死亡災害がビルメンテナンス業で11件、建設業で16件、合計27件確認されたと整理されています。別の厚労省のパンフレットでは、平成21〜26年で24人という集計も示されており、集計の期間によって数字が異なります。
ここで重要なのは、事故が「ブランコ」という名称の問題ではなく、1本のロープへの依存や、ロープの切断・支持物の外れといった作業方法の問題として分析された点です。だからこそ、規制は工法の名称ではなく、2本ロープ・異なる支持物・強度基準・作業計画といった「作業の方法」に課されました。法令上の位置づけは「無足場工法は違法なのか?」で解説しています。
この改正以降、名称がどうであれ、法令に沿った運用をしている業者と、そうでない業者を分けるのは、実際の安全管理の中身です。
名称ではなく、運用の中身で比べる
法令の最低ラインが共通である以上、比較すべきなのは、最低ラインの上に何を積み上げているかです。見積もりの前に、次の5点を業者に確認してください。
資格と教育
ロープ高所作業特別教育の修了者が作業に入るのは、法令上の必須条件です。そのうえで、IRATAやJIRAAなどの民間資格を持つ作業者がいるか、現場責任者(作業指揮者)がどの資格・経験を持つかを聞いてください。民間資格は法定ではないため、有無が適法性を左右するわけではありません。ただし、技術水準の目安にはなります。
機材と点検の記録
ロープやハーネス、カラビナなどの機材が産業用の規格品か、点検や廃棄の基準が決まっているかを確認します。ロープの強度基準は法令で19.0kN以上と決まっているため、機材が規格に適合していることを説明できない業者は、慎重に見るべきです。墜落制止用器具の規格については「墜落制止用器具(フルハーネス)の規格とは?」を参照してください。
作業計画書と作業指揮者
作業計画の策定と作業指揮者の選任は、法令上の義務です。見積もりの段階で「作業計画書の様式を見せてもらえるか」「当日の現場責任者は誰か」を尋ねると、運用の実態が見えます。
緊急時の体制
作業者が動けなくなった場合に、どのように救助するかです。2名以上の体制でロープレスキューの訓練を行っている業者も見られます。1人で屋上に上がり1人で降りる体制であれば、緊急時の対応をどう考えているかを確認してください。
保険と労災の加入
請負業者賠償責任保険の加入状況と、作業者の労災保険の加入状況です。ここは、名称が何であっても共通の確認項目です。詳細は「請負業者賠償責任保険とは?業者選定で発注者が確認すべきポイント」にまとめています。
これらの確認項目は、資格や許可をまとめた「高所作業を発注する前にチェックしたい資格・届出一覧」と合わせて使うと、見積もりの比較がしやすくなります。
得意な作業の違いと、向き不向き
運用の中身とは別に、作業の種類によって向き不向きが語られます。業者の説明を整理すると、次のような傾向が語られています。
ビルの窓ガラス清掃のように、同じ動きを広い面で繰り返す作業は、ブランコ作業が長く行われてきた分野です。ブランコ作業を専門にする清掃会社は多く、窓清掃に特化した会社の数は、ロープアクセスを名乗る会社より多いという業者の見方も見られます。
外壁のタイル補修やシーリング、塗装のように、力を入れる作業や細かい位置調整が必要な作業は、体が安定するロープアクセスのほうが取り組みやすいと説明されています。上昇や横移動ができるため、建物の凹凸や庇の下など、複雑な形状への対応力に差が出るとも言われます。
ただし、これは一般的な傾向です。同じ会社が両方の技術を使い分けている場合も見られます。「どちらが優れているか」ではなく、「依頼する作業内容に対して、この業者の運用で対応できるか」を判断してください。
単価の違いはどう考えればよいか
「ブランコ工法のほうが安い」という説明も、「ロープアクセスは割高」という説明も、業者によって見られます。実際には、工法の名称で単価が決まるわけではありません。
当サイトの料金ガイドでは、窓ガラス清掃について、ブランコ作業とロープアクセスは呼び方が違うだけで工法・料金体系は同じと整理しています。人工計算では1人あたり1日25,000〜30,000円、平米計算では両面150〜200円/㎡が目安です(窓ガラス清掃の料金相場ガイド)。
外壁補修では、作業員1名の施工で4〜5万円程度(材料・経費別)から対応するとしている業者もあれば、2人1日で15〜30万円のレンジを挙げる業者も見られます。差が出る主な理由は、作業人数、日数、安全管理にかける体制、材料費、現場の条件(屋上の支点、周辺の状況)です。名称よりも、これらの条件が単価を動かします。
見積書を比べる際は、「何人で、何日、どの作業を、どの安全体制で行うか」を揃えて確認してください。安全体制を厚くすれば人件費は上がります。極端に安い場合は、人数や安全管理がどう積算されているかを必ず確認してください。見積書の内訳の読み方は「高所作業の見積書、「一式」のままで大丈夫?」を参考にしてください。
見積もりを依頼するときの伝え方
呼び方にとらわれず、依頼文には次の項目を入れてください。
建物の所在地・階数・構造、作業したい箇所と内容、希望時期、屋上への立入の可否です。あわせて「ロープ高所作業特別教育の修了者が作業すること」「2本のロープを別々の支持物に取る体制であること」「作業計画書を提出できること」を条件として書いておくと、業者側も安全体制を含めた見積もりを出しやすくなります。
oyazunaでは、高所ロープ作業に対応できる施工会社を掲載しています。無料の見積もり依頼フォームから、建物の情報と作業内容を送るだけで、複数社の提案を比較できます。見積もりの進め方は「ロープアクセスの現地調査、何を確認される?」で解説しています。
よくある質問
Q. ブランコ工法は、現在は違法なのですか。
A. 違法ではありません。ただし2016年以降は、ブランコ作業も含むロープ高所作業全般に、2本ロープの使用と特別教育の修了などが義務づけられています。条件を満たさない方法は、呼び方にかかわらず認められません。
Q. ロープアクセスを名乗っていれば、安全と考えてよいですか。
A. 名称だけでは判断できません。資格、機材の規格、作業計画、緊急時の体制を確認してください。名称を使う側の定義も、業者によって異なります。
Q. 窓ガラス清掃はブランコ、外壁補修はロープアクセスと使い分けるべきですか。
A. 一般的な傾向としてはその通りに語られますが、決まりはありません。依頼する作業をこの業者の運用で安全に行えるかどうかで判断してください。
Q. IRATAなどの民間資格は、必須ですか。
A. 法令上は必須ではありません。法令で必須なのは、ロープ高所作業特別教育の修了です。民間資格は、技術水準や安全への取り組みを判断する材料になります。