業者の会社案内に「ロープ高所作業特別教育修了」「フルハーネス型墜落制止用器具特別教育修了」と、似たような名前の資格が2つ並んでいて、違いがよく分からないと感じたことはありませんか?
どちらも「高さ2m以上」「作業床の設置が困難な場所」という、よく似た条件で語られることが多いため、混同されがちです。しかし、この2つは対象となる作業がはっきりと分かれている、別々の法定資格です。
この記事では、厚生労働省の公式資料をもとに、2つの特別教育の対象範囲の違いと、実務上どちらが必要になるのかを解説していきます。
ロープ高所作業特別教育とは
対象:高さ2m以上・作業床設置困難な場所で、ロープ等の昇降器具を用い身体を保持しながら行う作業
時間:学科4時間+実技3時間=計7時間以上
安全ルール:メインロープとライフラインの2本を常時併用
2016年(平成28年)7月1日から義務化された特別教育で、高さ2m以上の場所で作業床を設けることが困難な箇所において、ロープなどの昇降器具を用い、身体を保持しながら行う「ロープ高所作業」に従事する労働者が対象です。学科教育4時間、実技教育3時間の合計7時間以上の講習を受ける必要があります。
改正の背景には、ロープが外れたり切断されたりすることによる墜落事故を防止する狙いがあり、メインロープとライフラインの2本を常に併用することが義務づけられています。まさに、ロープアクセスによる窓ガラス清掃や外壁調査に直接関わる資格です。
この改正には2段階の施行スケジュールがありました。ロープ高所作業そのものの危険防止に関する規定(作業方法や設備に関する本体規制)は2016年1月1日に先行して施行され、半年後の同年7月1日から特別教育の受講が義務化されるという流れです。
高さ2m以上の場所での作業には、本来「作業床の設置」が墜落防止措置として義務づけられていますが、建物の形状によっては作業床の設置が難しい箇所も多く、ロープに頼らざるを得ない実態に対応する形で新設された規制です。
条文をよく見ると、もう一つ見落としやすい除外規定があります。労働安全衛生規則第36条第40号では、ロープ高所作業特別教育の対象を定義する際、「四十度未満の斜面における作業を除く」という一文が付いています。つまり、緩やかな斜面(40度未満)でロープを使って行う作業は、この特別教育の対象そのものに含まれていないということです。急峻な崖面や垂直に近い壁面での作業を主眼に置いた規制であることがうかがえます。
フルハーネス型墜落制止用器具特別教育とは
対象:高さ2m以上・作業床設置困難な場所で、フルハーネス型器具を用いて行う作業(ロープ高所作業を除く)
時間:学科4.5時間+実技1.5時間=計6時間(条件により一部科目免除あり)
こちらは2019年(平成31年)2月1日から適用された、別の法定特別教育です。厚生労働省の公式資料によれば、対象業務は次のように定義されています。
「高さが2メートル以上の箇所であって作業床を設けることが困難なところにおいて、墜落制止用器具のうちフルハーネス型のものを用いて行う作業に係る業務(ロープ高所作業に係る業務を除く。)」
この条文を丁寧に読むと、対象業務の末尾に「(ロープ高所作業に係る業務を除く。)」という一文があることが分かります。つまり、ロープ高所作業は、フルハーネス特別教育の対象からはっきりと除外されているということです。
足場の上や高所作業車の作業床上でフルハーネス型器具を使う作業が、この特別教育の主な対象になります。
興味深いのは、この2つの特別教育が、労働安全衛生規則第36条という同じ条文の中で、隣り合う号として規定されていることです。ロープ高所作業は第40号、フルハーネス型器具の使用は第41号で、条文上も「前号に掲げる業務を除く」という形で明確に切り分けられています。ちなみに、同じ第36条には、ゴンドラの操作業務(第20号)も特別教育の対象として並んでおり、高所作業に関わる法定資格が、この一つの条文に体系的にまとめられていることが分かります(ゴンドラ工法とは?常設型・可搬型の違いと法規制、ロープアクセスとの使い分けを解説もあわせてご覧ください)。
「両方必要」ではなく、対象業務が分かれている
この2つの特別教育は、しばしば「高所作業には両方必要」と説明されることがありますが、厚生労働省の条文を確認する限り、それは正確ではありません。対象となる作業の種類によって、必要な特別教育が分かれているというのが実態です。
- ロープにぶら下がって身体を保持しながら行う作業(ロープアクセスそのもの)→ ロープ高所作業特別教育
- 足場や高所作業車の作業床上で、フルハーネス型器具を使って行う作業→ フルハーネス型墜落制止用器具特別教育
窓ガラス清掃や外壁調査をロープアクセスで依頼する場合、確認すべきなのは基本的に「ロープ高所作業特別教育」の受講状況です。フルハーネス特別教育の有無を確認しても、実はその作業には直接関係がない、というケースもあり得ます。
一方で、建物の外壁補修や大規模修繕のように、足場を組んで作業する場面では、フルハーネス特別教育のほうが重要になります。同じ「高所作業」という言葉でくくられがちですが、依頼する工法によって確認すべき資格が変わる、という点を押さえておくと、業者との会話がスムーズになるはずです。
ただし、まったくの無関係ではない
対象業務は分かれているものの、この2つの特別教育はカリキュラムの一部が重なっています。フルハーネス特別教育はⅠ〜Ⅴの5科目(学科4.5時間・実技1.5時間、合計6時間)で構成されますが、次のような場合は一部科目を省略できる仕組みになっています。
- 一定の条件を満たす場合、科目Ⅰ・Ⅱ・Ⅴを省略できる
- 胴ベルト型を用いて6か月以上の実務経験がある場合、科目Ⅰを省略できる
- ロープ高所作業特別教育、または足場の組立て等特別教育の受講者は、科目Ⅲを省略できる
つまり、ロープ高所作業特別教育を先に受けている作業員が、追加でフルハーネス特別教育を受講する場合、一部の科目が免除される仕組みがあるということです。両方の資格を持つ作業員が実務上珍しくないのは、こうした背景があるためだと考えられます。
ちなみに、免除対象になる科目Ⅲの内容は「労働災害の防止に関する知識」(1時間、墜落・落下物・感電防止のための措置、保護帽の使用方法、事故発生時の措置など)です。
これは、ロープ高所作業特別教育や足場の組立て等特別教育でもすでに学んでいる一般的な労災防止知識と重なる部分が大きいため、免除対象になっていると考えられます。
一方、科目Ⅱ「墜落制止用器具に関する知識」(2時間、フルハーネス・ランヤードの種類・構造、装着方法、点検整備の方法など)は、フルハーネス型の器具そのものに関する内容のため、免除対象にはなっていません。
ロープ高所作業特別教育を受けているからといって、フルハーネス型器具の扱い方まで習得しているとは限らない、という考え方が背景にあるとみられます。
もう一つの混同ポイント:「使用義務の高さ」と「特別教育が必要な高さ」
6.75m超:フルハーネス型の使用が義務になる高さの基準(ショックアブソーバの伸び+1mから算出)
この2つは別の目的で定められた別の基準です。
特別教育の要否は「高さ2m以上・作業床設置困難」が基準ですが、フルハーネス型器具そのものの使用が義務になる高さ基準は、これとは別に定められています。
厚生労働省の資料によれば、高さ6.75mを超える箇所ではフルハーネス型の使用が必須とされ、6.75m以下であれば胴ベルト型(一本つり)の使用も認められています。この6.75mという数値は、ショックアブソーバの伸びに1mを加えて算出されたものです。
「2m以上で特別教育が必要」という基準と、「6.75m超でフルハーネス型が必須」という基準は、それぞれ別の目的で定められた別の数字です。厚生労働省の質疑応答集でもこの点は明確に区別されており、資料を読む際に混同しないよう注意が必要です。
たとえば「高さ5mの足場上での作業だからフルハーネス型は不要」と考えてしまうのは早計です。6.75m以下であっても、フルハーネス型を使用すること自体は禁止されておらず、多くの現場ではより安全な選択肢としてフルハーネス型が使われています。
あくまで「6.75m以下なら胴ベルト型でもよい」という選択の幅の話であり、「6.75m以下だからフルハーネス型を使ってはいけない」わけでも「2m未満だから何も対策しなくてよい」わけでもない点には注意してください。
特別教育を実施しなかった場合、事業者側にはどんなリスクがあるか
これらの特別教育は、労働者個人の努力目標ではなく、労働安全衛生法第59条に基づいて事業者に課された義務です。法定の特別教育を実施せずに労働者を対象業務に就かせた場合、事業者は同法120条に基づき、50万円以下の罰金に処される可能性があります。
罰則の重さそのものよりも、万が一現場で墜落事故が起きた際に、特別教育が未実施だったことが安全配慮義務違反として問われるリスクのほうが、実務上は重大だといえるでしょう。
発注者としても、こうした法的リスクを抱えていない業者かどうかを見極めることが、間接的に自分の建物の安全にもつながります。
発注者として確認すべきポイント
窓ガラス清掃・外壁調査・外壁塗装などをロープアクセスで依頼する場合、業者に確認すべきなのは、まず「ロープ高所作業特別教育を受講した作業員が現場に入るか」という点です。あわせて、次のような点も確認しておくと安心です。
- 現場で実際に作業する作業員全員が、必要な特別教育を修了しているか(会社として教育を実施していても、個々の作業員が未受講というケースもあり得ます)
- IRATA・JIRAAなど、法定資格に加えて民間の国際・国内資格も保有しているか(IRATA・JIRAAとは?ロープアクセス業者の資格・認定を発注者向けにわかりやすく解説もあわせてご覧ください)
- 損害賠償保険への加入状況
会社として特別教育を実施していることと、実際に現場に入る作業員全員がその教育を修了していることは、必ずしもイコールではありません。特に繁忙期に応援スタッフや協力会社の作業員が現場に入る場合、その人たちまで確実に教育を受けているかは、発注者からは見えにくい部分です。
契約前に「現場に入る作業員全員が対象の特別教育を修了している」ことを、口頭だけでなく書面や修了証で確認できるかどうかも、業者選びの判断材料にしてみてください。
マンションの大規模修繕のように、ロープアクセス・足場・高所作業車といった複数の工法を組み合わせて工事が行われる場合は、それぞれの工程でどの特別教育が必要になるのかも変わってきます。理事会や修繕委員会として業者を選定する際は、「どの工程で、どの資格を持った作業員が対応するのか」を工程表とあわせて確認しておくと、後から疑問が出たときにも説明がしやすくなります。
よくある質問
Q. ロープアクセスの作業には、フルハーネス特別教育も必要ですか。
A. 厚生労働省の条文上、フルハーネス特別教育の対象業務からは「ロープ高所作業に係る業務」が明確に除外されています。ロープアクセスそのものについては、ロープ高所作業特別教育が対象となる法定資格です。
Q. なぜ2つの特別教育が別々に定められているのですか。
A. ロープ高所作業特別教育は2016年、フルハーネス特別教育は2019年と、施行時期が異なります。それぞれ異なる作業実態(ロープにぶら下がる作業と、足場・作業床上での作業)に対応するために、別々の省令・告示で定められた経緯があります。
Q. 両方の資格を持っている作業員がいるのはなぜですか。
A. 現場によっては、ロープアクセスだけでなく足場や高所作業車を使う作業も担当することがあるため、会社として両方の教育を受けさせているケースがあります。また、ロープ高所作業特別教育の受講者はフルハーネス特別教育の一部科目が免除される仕組みもあり、追加取得のハードルが下がっていることも背景にあると考えられます。
Q. 資格の受講状況は、どうやって確認すればよいですか。
A. 見積もり時や契約前に、業者へ直接尋ねるのが確実です。会社として教育を実施している場合でも、修了証などで個々の作業員の受講状況を確認できるか聞いてみるとよいでしょう。
Q. 高さ5m程度の低い建物でも、これらの特別教育は関係ありますか。
A. 関係します。特別教育が必要かどうかの基準は「高さ2m以上、かつ作業床の設置が困難な場所」であり、5m程度の低層の建物でも、作業床を設けられない箇所でロープや墜落制止用器具を使う作業であれば対象になります。「低い建物だから資格は不要」と考えるのは誤りです。
まとめ
ロープ高所作業特別教育とフルハーネス型墜落制止用器具特別教育は、名前も条件もよく似ていますが、厚生労働省の条文を確認すると、対象業務がはっきりと分かれていることが分かります。ロープアクセスによる作業を依頼する場合は、まずロープ高所作業特別教育の受講状況を確認することが基本です。
あわせて、フルハーネス型の使用義務が生じる高さ(6.75m超)といった、別の基準と混同しないよう注意しながら、業者選びを進めてみてください。