マンションの大規模修繕を検討する際、管理組合の理事会で必ずと言っていいほど話題に上るのが「大規模修繕工事瑕疵保険」です。
工事完了後に不具合が見つかった場合に備える保険ですが、実務の現場では「足場を組まない無足場工法(ロープアクセス等)で工事をした場合、この保険は成立するのか」という疑問が生まれることがあります。
国土交通省が公表しているモデル事業の実例から、この疑問に答えていきます。
大規模修繕工事瑕疵保険とは
大規模修繕工事瑕疵保険は、共同住宅の大規模修繕工事の請負契約に関する保険で、国土交通大臣が指定する住宅瑕疵担保責任保険法人(住宅あんしん保証・住宅保証機構・日本住宅保証検査機構・ハウスジーメン・ハウスプラス住宅保証の5社)が提供しています。
国土交通省の公式サイトによれば、対象となる部分は構造耐力上主要な部分、雨水の浸入を防止する部分、給排水管路部分、給排水・電気設備部分、手すり等の鉄部等で、保険商品によって対象範囲は異なります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 保険期間 | 1〜10年(対象部分等によって異なる) |
| 保険金額 | 1,000万円〜5億円(請負金額等によって異なる) |
| 免責金額 | 10万円 |
| 填補率 | 事業者へ80%、発注者(管理組合等)へ100%(事業者倒産等時) |
| 保険料 | 個々の保険法人が設定(請負金額等によって異なる) |
出典: 国土交通省「大規模修繕工事瑕疵保険」
ここで注目したいのが填補率の違いです。
大規模修繕工事業者自身に対しては80%が支払われるのに対し、発注者である管理組合等に対しては、業者が倒産するなどして瑕疵の修補ができなくなった場合に限り100%が支払われます。
つまりこの保険は、工事業者が万一の事態に陥っても、管理組合が泣き寝入りしなくて済むようにするための仕組みという性格が強いといえます。
なお、住宅瑕疵担保責任保険協会のQ&Aによれば、大規模修繕工事での保険加入は法律上の義務ではなく、工事業者が任意で加入するものです。
新築住宅の構造・雨水侵入防止部分にかかる瑕疵担保責任保険(住宅品質確保法に基づき10年間の担保が義務付けられているもの)とは異なる制度である点に注意が必要です。
建築基準法12条点検とは別の制度
マンションの外壁に関する制度としては、建築基準法12条に基づく特定建築物定期調査(全面打診等調査、おおむね10年ごとに法定義務)がよく知られています。
大規模修繕工事瑕疵保険は、この12条点検とは別の、任意加入の民間保険制度です。
12条点検が「建物の現状を定期的に確認する法定調査」であるのに対し、瑕疵保険は「工事後に不具合が見つかった場合の金銭的な備え」という位置づけの違いがあります。両者は混同されやすいものの、目的も実施主体も異なる別々の制度である点を押さえておく必要があります。
「無足場工法だと保険が成立しないのでは」という懸念
大規模修繕工事瑕疵保険は、もともと足場を全面的に組んで建物全体を改修する、従来型の大規模修繕を前提に制度設計されてきた経緯があります。
そのため、ロープアクセス等の無足場工法を使って部分的な補修にとどめる工事の場合、「保険会社の求める施工品質や調査の要件を、足場なしで満たせるのか」という懸念が、管理組合や修繕委員会の側から出てくることがあります。
この懸念は的外れなものではありません。国土交通省が実施した大規模修繕支援モデル事業の資料には、実際にこの課題に直面した事例が記録されています。
実例:足場をかけずに5年の防水保証を実現した「アーバニティ王子」
国土交通省が令和5年度に採択した大規模修繕支援モデル事業「大規模修繕の実施時期の計画的な見直しを伴う緊急性の高い排水管改修工事」(東京都北区、提案者:野村不動産パートナーズ株式会社)では、1988年築・47戸のマンション「アーバニティ王子」を対象に、まさにこの課題が扱われています。
資料によれば、前年度の計画支援型事業で「瑕疵保険による大規模修繕工事の5年の延伸」を提案したものの、「足場を用いないで、保険成立要件を満たせるかが課題」として明記されていました。
つまり、大規模修繕の実施時期を先送りする判断の裏付けとして瑕疵保険の保証を使いたいが、足場を組まない前提でそれが可能かどうかが、実務上のハードルとして認識されていたということです。
対象物件:アーバニティ王子(東京都北区、1988年築・47戸)
事業:令和5年度 大規模修繕支援モデル事業(提案者:野村不動産パートナーズ株式会社)
課題:「足場を用いないで、保険成立要件を満たせるか」
成果:①外壁クラックの補修 ②外壁タイルへの注入 ③防水面トップコート塗布により、足場をかけずに5年間の防水保証を実現
結果として、このモデル事業では「足場をかけないで、5年の防水保証を実現」という成果が報告されています。
具体的な補修内容は、
①外壁クラックの補修
②外壁タイルへの注入
③防水面トップコート塗布
の3点で、いずれも大掛かりな足場を必要としない工法で施工し、5年間の防水保証書の発行にこぎ着けています。この事例は、無足場工法であることそのものが瑕疵保険や保証の成立を妨げる要因ではなく、施工内容と保証範囲が保険法人の求める要件に対応していれば、無足場工法でも保証を得られる可能性があることを示しています。
発注者が確認すべきポイント
この実例を踏まえると、管理組合が無足場工法での大規模修繕・部分補修を検討する際に確認すべきポイントが見えてきます。
まず、瑕疵保険や防水保証を使いたい場合は、契約前の段階で施工業者に「この工法・補修範囲で、どの保険法人のどの保証が使えるか」を具体的に確認することです。保険法人によって対象部分・保険期間・保険金額の設計が異なるため、業者側が把握していなければ、着工後に保証が使えないという事態になりかねません。
次に、免責金額(10万円)や填補率(事業者80%・発注者100%)といった条件は保険法人ごとに大きくは変わらない一方、保険料は請負金額等によって個々の保険法人が設定するため、複数社の見積もりを比較する際は保険料も含めた総額で判断する必要があります。
また、瑕疵保険を利用するには、一般に保険法人による現場検査を通過する必要があります。検査の方法や回数は保険法人・保険商品によって異なるため、無足場工法を検討している場合は、契約前に「この工法・補修範囲で検査はどのように行われるのか」を施工業者経由で保険法人に確認しておくと、着工後に想定外の対応を求められる事態を避けやすくなります。
- 今回の工法・補修範囲で、どの保険法人のどの保証(何年保証)が使えるか
- 保険料が見積もりの内訳に含まれているか
- 保険法人による現場検査は、いつ・どのように行われるか
- 施工業者独自の自社保証と、第三者機関の瑕疵保険、両方の有無
大規模修繕の「実施時期の延伸」という選択肢
今回取り上げたモデル事業のタイトルにもあるとおり、この取り組みの本質は「大規模修繕の実施時期の計画的な見直し」にあります。
高経年マンションでは修繕積立金の不足が課題になりやすく、本来のタイミングで大規模修繕(全面的な足場工事)を実施する代わりに、劣化が進んでいる箇所だけを無足場工法でピンポイント補修し、瑕疵保険による保証で数年先まで大規模修繕を延伸する、という選択肢が現実的な解決策になり得ます。
oyazunaが紹介するようなロープアクセス業者は、こうした部分補修を得意とするため、修繕積立金不足に悩む管理組合にとって、大規模修繕そのものを先送りしながらも建物の資産価値を守るための選択肢の一つになります。
ただし、このモデル事業自体が「計画支援型事業」という国の実証事業の枠組みで行われたものであり、全ての管理組合が同じ条件で同じ保証を得られると保証するものではない点には注意が必要です。
実際に検討する際は、建物の劣化状況や保険法人の審査基準によって結果が異なり得ることを踏まえ、個別に施工業者・保険法人へ確認することが欠かせません。
この背景には、高経年マンションの修繕積立金不足という構造的な課題があります。
国土交通省の予測では、築40年超のマンションは現在81.4万戸に上り、10年後には約2.4倍、20年後には約4.5倍に増加する見込みです。大規模修繕の頻度・規模が今後さらに増える一方、修繕積立金が計画どおりに積み上がっていない管理組合も少なくありません。
無足場工法による部分補修と瑕疵保険を組み合わせて大規模修繕を計画的に延伸するという発想は、こうした積立金不足への現実的な対応策の一つとして、今後さらに注目される可能性があります。
施工業者独自の保証との違い
大規模修繕やタイル補修などでは、瑕疵保険とは別に、施工業者が独自に発行する「自社保証」が付くこともよくあります。
ここで発注者が押さえておきたいのは、自社保証はあくまでその業者の経営が存続していることが前提の仕組みだという点です。業者が倒産・廃業してしまえば、自社保証は事実上機能しなくなります。
これに対して大規模修繕工事瑕疵保険は、国土交通大臣指定の第三者保険法人が引き受ける制度であるため、施工業者が倒産した場合でも発注者へ100%の填補率で保険金が支払われる仕組みが用意されています。
長期にわたる保証を重視するのであれば、自社保証と瑕疵保険のどちらか一方ではなく、両方の有無とその違いを業者にたずねておくべきでしょう。
まとめ
大規模修繕工事瑕疵保険は、共同住宅の大規模修繕工事の請負契約に関する任意保険で、瑕疵が発見された際の修補費用等を補償する制度です。
「無足場工法だと保険が成立しないのでは」という懸念は実務上存在しますが、国土交通省のモデル事業では、足場をかけずに5年の防水保証を実現した実例が報告されています。
無足場工法を検討する管理組合は、契約前に施工業者へ保険・保証の適用可否を具体的に確認することが、安心して工事を発注するための鍵になります。
よくある質問
Q. 大規模修繕工事瑕疵保険への加入は義務ですか?
A. いいえ、法律上の義務ではなく、施工業者が任意で加入するものです。
Q. 保険金は誰に支払われますか?
A. 通常は施工業者(大規模修繕工事業者)へ填補率80%で支払われますが、業者が倒産するなどして修補できなくなった場合は、発注者(管理組合等)へ100%支払われる仕組みです。
Q. ロープアクセス等の無足場工法でも瑕疵保険・保証は使えますか?
A. 国土交通省のモデル事業では、足場をかけずに外壁クラック補修・タイル注入・防水トップコート塗布を行い、5年間の防水保証を実現した実例が報告されています。ただし保険法人や工事内容によって審査基準が異なるため、契約前に施工業者へ具体的に確認する必要があります。
Q. 保険会社はどこがありますか?
A. 国土交通大臣指定の住宅瑕疵担保責任保険法人として、住宅あんしん保証・住宅保証機構・日本住宅保証検査機構・ハウスジーメン・ハウスプラス住宅保証の5社があります。
Q. 保険料は誰が負担するのですか?
A. 保険契約者は施工業者ですが、保険料は通常、工事の請負代金に含まれる形で見積もりに計上されるため、実質的には発注者である管理組合の負担になります。見積もり比較の際は、保険料が内訳に含まれているかどうかも見落とさず確認したいところです。
Q. 施工業者の自社保証があれば、瑕疵保険は不要ですか?
A. 自社保証は業者の経営が存続している前提の仕組みであるのに対し、瑕疵保険は業者が倒産した場合でも第三者保険法人から発注者へ填補率100%で保険金が支払われる制度です。両者は代替関係にはなく、それぞれ性質が異なる備えとして両方を確認することをおすすめします。